2017年12月27日 星期三

原虫・寄生虫類を原因とする急性脳炎

原虫・寄生虫類を原因とする急性脳炎

(Vol. 28 p. 345-346: 2007年12月号)
眠り病など、中枢神経症状を示す原虫・寄生虫感染は、数多くに知られているが、急性の経過を示すものは、比較的少ない。以下、わが国に存在する原虫・寄生虫種による急性脳炎と、輸入寄生虫症で報告されることがある急性脳炎について概説する。
1.脳性マラリア(Cerebral Malaria)
急性の中枢神経症状を示す寄生原虫の代表的なものとしてはマラリア原虫がよく知られている。わが国では2000年をピークにして輸入症例数は減少しているが、いまだに死亡例も報告されている。マラリアに共通する典型的な症状として周期性発熱発作、すなわち悪寒、頭痛、筋肉痛、不快感、胃腸症状を示す高いスパイク性の発熱をあげることができるが、熱帯熱マラリアの場合はそれに加えて様々な合併症を引き起こすことが知られている。なお、マラリアについては本月報で特集されているので詳細はそちらを参照して頂きたい(IASR 28: 1-2, 2007)。
熱帯熱マラリアは感染蚊に吸血された後1~3週間の潜伏期間をおいて発症するといわれているが、国内発症例のほとんどが帰国後1カ月以内に発病している。熱帯熱マラリア原虫、Plasmodium falciparum に感染した赤血球は、表面にKnobといわれる突起が形成され血管内皮に固着する。その結果、脳や他の臓器の細血管の閉塞、サイトカインやNOなどの血管作動性メディエイターの放出につながり、急性腎不全などとともに意識障害や言語障害、錯乱、痙攣といった脳性マラリアの症状をおこすことになる(Miller et al ., 2002)。意識障害を併発したような重症マラリアの治療では非経口的な薬剤投与が必要となるので、キニーネ注射薬の使用が一般的となる。最近はアーテミシニンおよび誘導体の注射が用いられることもある(木村幹男、2002)。また、重症マラリアでは合併症の病態に応じた適切な支持療法も重要で、多臓器不全を起こした例に対し血液透析や交換輸血が行われることがある(WHO, 2000)。アフリカのサブサハラ地域では脳性マラリアにかかった小児の12~25%が死亡するといわれており、早期治療と早期診断がもっとも重要である。
2.トキソプラズマ脳炎(Toxoplasma Encephalitis)
トキソプラズマ症は、トキソプラズマ原虫:Toxoplasma gondii の寄生による感染症である。世界的には感染者数が5億人にのぼると推計されるが、免疫能の正常な宿主では不顕性か軽度な熱性疾患を発症し、頭頸部リンパ腺炎を示すことが多い。無症候性、症候性感染のいずれにおいても組織内に嚢子が形成され、潜伏状態が維持されるが、免疫不全の状態にある患者への感染では髄膜脳炎、心筋炎、肺炎、網脈絡膜炎などに発展することがある。その中で、トキソプラズマ脳炎は不顕性感染していた患者が、AIDSなどにより免疫抑制状態に陥った際に発症する重篤な疾患である。AIDS患者のうちトキソプラズマに対する抗体陽性者の30~50%で髄膜炎や壊死性脳炎を発症するといわれている(矢野明彦ら、2004)。症状の進行に応じて発熱、頭痛、精神状態の変化、痙攣などを示すが、時として、急速に進行する意識障害として発症することもあるので、注意を要する。
トキソプラズマ脳炎の確定診断は脳脊髄液中に原虫の栄養体を検出することによるが、一般には画像診断により本症が推定される場合にはピリメタミンやサルファ剤などの投薬が開始される。治療により本症の予後は良好とされ、AIDS患者等では予防薬の終生服用が選択される。患者の多くが抗体陽性で、血清学的な診断が有効でない場合が多い。
3.原発性アメーバ性髄膜脳炎(Primary Amoebic Meningoencephalitis: PAM)
原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)は自由生活性アメーバのNaegleria fowleri の感染によるもので、まれな疾患ではあるが世界的には毎年数例の犠牲者が出ている。この他に自由生活性アメーバによる脳炎はAcanthamoeba spp.、Balamuthia mandrillaris による肉芽腫性脳炎(Granulomatous Amoebic Encephalitis: GAE)が知られているが、いずれも慢性的/亜急性に推移する。また、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )の脳内移行によって膿瘍が形成されることがある。
PAMは健康で活動的な若者が水遊びの後に突然発症する。これは、N. fowleri が水温30℃付近の淡水に生息することによるもので、水と接触した際にアメーバが鼻腔粘膜から侵入し、嗅神経に沿って中枢神経系に達する。わが国では1996年に九州地区で真性のPAM 患者(死亡)が報告されている(福間、1997)。曝露から発症に至る潜伏期間は通常2ないし3日とされるが、まれに1週間を超える場合がある。これまで、10例に満たない治癒例を除き、ほぼ全例が発症から1週間程度で死の転帰をとっている(Jain R et al ., 2002)。治癒例はその直前に同一の地域で患者が発生しており、リファンピシンやアムホテリシンBなどを用いた診断的治療が施された例に限られている。
本症は突然の頭痛(前頭から両側頭痛)、発熱(38.2~40℃)、吐気、嘔吐、あるいは髄膜刺激や脳炎の徴候をもって発症するが、感染の初期段階で他の化膿性髄膜脳炎との鑑別診断は困難とされる。時に咽頭炎および鼻閉や鼻汁分泌が認められる。本症の進行はきわめて急性で、多くの場合に発熱や髄膜脳炎の初期症状から急激に悪化して昏睡や痙攣に陥る。髄膜刺激の徴候は嘔吐などに先行するか、同時に現れる。羞明は比較的後期に認められる。
病理学的には嗅粘膜および嗅球の破壊、多形核白血球と好酸球を主体とした細胞浸潤を伴う脳実質の出血性壊死を特徴とするが、組織反応は概して乏しく、組織内にはアメーバの栄養体のみが認められる。なお、マウスでの感染実験では鼻腔内でアメーバの増殖像が観察されている(黒木ら、1998)。
本症は進行が速いことから免疫診断は有効とならない。むしろ感染経路を考慮して、地域性(過去に事例)、患者の年齢、季節(夏場)、水温、直近の水泳体験など、状況判断が重要となる。確定診断は脳生検あるいは髄液中からのアメーバの検出による。
N. fowleri はこれまでに関東地方の2カ所の環境水から分離されており、また、患者が九州で発生していることから全国的に分布していてもおかしくない。Naegleria 属のアメーバは運動性に富んだ10~20μm程度の小型のアメーバで、栄養体のほかに有鞭毛体と嚢子の3形態をとる。N. fowleri 以外にも実験的に病原性を示す種が知られているが、人体寄生例は本種のみである。
4.その他:中枢神経症状を示すことがある寄生蠕虫症
寄生蠕虫症でみられる中枢神経症状は異所寄生や幼虫移行症など、本来の寄生部位でないところに寄生した場合や、ヒトを好適終宿主としない寄生虫がヒトに寄生した場合にみられることが多い。いずれも感染自体は慢性の経過をたどるが、神経症状自体は突然発症することがあるので注意を要する。異所寄生で重要なのはウェステルマン肺吸虫による脳肺吸虫症で、わが国では19世紀末からこれまで百数十例の報告がある。また、幼虫移行症の例としてはマンソン孤虫症や脳嚢虫症、包虫症などが知られている。脳嚢虫症は豚肉から感染した有鉤条虫の幼虫が中枢神経系に寄生することによっておき、国内で年間4~6例報告されているが、そのほとんどが海外での感染と推定される。その他、住血吸虫症においては血管内に産卵された虫卵が脳内血管を塞栓して肉芽腫形成に至り、その結果中枢神経症状をおこすことが知られている。
寄生蠕虫による中枢神経症状は、その病態からわかるように、基本的には痙攣発作や局所的麻痺などの巣症状が中心となる。ただ、稀ではあるがこれらの蠕虫症においても急性脳炎様症状を示すことがある。また、脳内包虫症の末期などでは病変が拡がり、脳圧亢進症状を示して不幸な転帰をたどることもあるが、その場合は明らかに年余にわたる慢性の経過をとる。
上記に示したような寄生蠕虫症での脳内病変は、CTやMRIなどの画像検査で占拠性病変として捉えられ、国内では脳腫瘍や脳梗塞などの疾患との鑑別が必要になることが多い。画像検査のみで診断できることは稀で、ほとんどの例で免疫血清診断などの寄生虫学的検査の併用が必要となる。また、治療に際しては、住血吸虫症や肺吸虫症ではプラジカンテルが使用され効果的だが、脳嚢虫症に対するプラジカンテル、脳内包虫症に対するアルベンダゾールなど幼虫移行症に対する化学療法の効果は限定的なものにとどまる。
 引用文献
1) Miller LH, et al ., Nature 415: 673-679, 2002
2)木村幹男, 感染症学雑誌 76: 585-593, 2002
3) World Health Organization: Severe falciparum malaria, Trans R Soc Trop Med Hyg 94(Supple 1): S1/1-1/90, 2000
4)矢野明彦, 青才文江, 別冊医学のあゆみ,現代寄生虫病事情(多田功編): 84-88, 2004
5) Jain R, et al ., Neurology India 50: 470-472, 2002
6)福間利英, IASR 18(5): 108, 1997
 http://idsc.nih.go.jp/iasr/18/207/dj2077.html
7)黒木俊郎, 他, 感染症学雑誌 72(10): 1064-1069, 1998


http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/334/dj3344.html

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