人と動物の共通感染症に関するガイドライン
人と動物の共通感染症に関するガイドライン
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/infection/guideline.pdf
目次 はじめに ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1 <総論> 1 人と動物の共通感染症とは ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 1.1 人と動物の共通感染症とは ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 1.2 世界と日本の現状 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 2 人と動物の共通感染症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7 2.1 人と動物の共通感染症の現状 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7 2.2 人と動物の共通感染症の種類と感染経路 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7 3 人と動物の共通感染症の症状 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥12 3.1 イヌ・ネコ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥12 3.2 その他の哺乳類 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14 3.3 鳥類 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14 3.4 爬虫類 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14 4 人と動物の共通感染症の予防 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15 4.1 動物への感染予防 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15 4.2 人への感染予防 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥17 5 手指、器具、ケージ、環境等の消毒方法 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 <各論> 6 人と動物の共通感染症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥27 <国内で発生がみられる人と動物の共通感染症> 6.1 オウム病 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28 6.2 Q熱 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30 6.3 イヌブルセラ症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥32 6.4 エルシニア症・カンピロバクター症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥34 6.5 サルモネラ症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥36 6.6 猫ひっかき病 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥38 6.7 パスツレラ症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥40 6.8 レプトスピラ症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥42 6.9 クリプトコッカス症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥44 6.10 皮膚糸状菌症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥46 6.11 トキソプラズマ症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥48 6.12 犬糸状虫症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥50 6.13 イヌ・ネコ回虫症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥52 6.14 エキノコックス症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥54 6.15 ウリザネ条虫症 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥56 6.16 疥癬 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥58 <海外からの侵入を警戒すべき人と動物の共通感染症> 6.17 狂犬病 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥62 6.18 高病原性鳥インフルエンザ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥64 6.19 その他 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥66 7 関係法令 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥70 8 参考資料 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥76
人と動物の共通感染症に関するガイドライン
はじめに 平成 17 年6月に改正された「動物の愛護及び管理に関する法律(昭和 48 年法律第 105 号)」(以下、「動物愛護管理法」という)において、動物の所有者等の責務として、「動 物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を 払うよう努めること」が追加されました。
これは、動物が飼養保管されるあらゆる局面で、 人と動物の共通感染症の予防措置が積極的に取組まれる必要があることから、新たに追 加されたものです。また、これに先だって平成 15 年には、「感染症の予防及び感染症の 患者に対する医療に関する法律(平成 10 年法律第 114 号)」や、「狂犬病予防法(昭和 25 年法律第 247 号)」に基づく「犬等の輸出入検疫規則(平成 11 年 10 月農林水産省令 第 68 号)」等が改正され、人と動物の共通感染症に関する対策が充実強化されています。
このような動きの背景には、エボラ出血熱や重症急性呼吸器症候群(SARS)などの新興 感染症の出現や、海外での人と動物における狂犬病の多発、人と動物の共通感染症に感 染したペット動物の日本への輸入事例、国内の動物展示施設における人と動物の共通感 染症の集団発生の事例など、人と動物を含む物資の国際的な移動の活発化や、集合住宅 など住環境の変化、ペットの室内飼いなど飼養方法の変化等により、国民の健康に対す る関心の高まり等とともに、人と動物の共通感染症の予防対策がより重要となってきた ことがあります。
動物愛護管理法では、人と動物の共通感染症の予防を含む、動物の適正飼養等に関す る所有者の責務規定を実効あるものとするため、国及び地方公共団体は動物の愛護と適 正な飼養に関し、普及啓発に努めなければならないとされています。また、新たに動物 取扱業者に対しては、販売前に購入者に対して、適正飼養に関する事項の一つとして、 人と販売動物の共通感染症の種類と予防方法について説明することを義務付けています。 さらに、事業所ごとに動物取扱責任者を設置するとともに、関係自治体の開催する動物 や飼養施設の適正な管理方法などに関する研修(動物取扱責任者研修)の受講が義務付 けられています。
これらの施策等を推進するため、環境省では、動物の適正な飼養等に関して、地域に おける指導者である都道府県等の関係自治体職員を対象とした講習会を開催するなど、 自治体等と連携しながらこれらの普及啓発に努めているところです。
本ガイドラインは、このような講習会や動物取扱責任者研修等の機会において、人と 動物の共通感染症に関する知識を総合的に、わかりやすく伝えるための参考書として作 成しました。関係自治体職員や動物取扱業者を通じて、動物の所有者等が人と動物の共 通感染症についての理解を深め、動物とのより良い関係を築くための一助となることを 期待するものです。
1 人と動物の共通感染症とは
1.1 人と動物の共通感染症とは
◇感染症とは ある生物の生体内にウイルス、細菌、真菌、原生生物などの病原体が侵入し、 そこに住み着いて安定した増殖を行うことを「感染」といいます。「感染症」と は、体内に侵入した病原体の増殖によって引き起こされる病気のことで、感染症 は、感染源、感染経路、感受性動物の三つの条件がそろった時に成立します。
風 邪を例にとると、患者又は病原体保有者が感染源であり、風邪の原因となるウイ ルスなどが咳などの飛沫によって、他者の体に侵入して感染する道のりが感染経 路です。人や動物がウイルスに対して感受性があり、病原体の毒性が強い場合や、 人や動物の抵抗力が弱い場合には発症します。逆に病原体の毒性が低く人に充分 な抵抗力がある場合には感染しても発症しません。
◇人と動物の共通感染症とは 「人と動物の共通感染症」には、同義語として「人畜共通感染症」や、「人獣 共通感染症」、「ズーノーシス」などの名称があります。1958 年に開催された WHO (世界保健機関)と FAO(国連食糧農業機関)の合同専門家会議で、ズーノーシ スは「人と人以外の脊椎動物の間で自然に移行する病気又は感染」と定義されて います。公衆衛生の立場からは、「動物由来感染症」と呼ばれていますが、動物 愛護管理法では、動物から人への感染と同様、人から動物へ感染する疾病にも注 意を払い、動物の健康と安全を確保すべきとの観点から、「人と動物の共通感染 症」と表記することとしています。
◇本ガイドラインでの扱い 本ガイドラインでは、人と動物の共通感染症(以下、「共通感染症」という)の なかでも国内の代表的な家庭動物と人が共に感染する病気を取り上げ、動物の適 正飼養の視点から、共通感染症の感染経路、予防方法等について整理したもので す。 1.2 世界と日本の現状 世界には約 800 種の共通感染症があるといわれ、そのうち WHO が重要と考えて いる共通感染症は約 200 種あり、年々増える傾向にあります。日本ではそのうち 数十種類が問題となっており、交通網の発達による人や物資等の移動量の増加、 移動の高速化等によって、今まで日本になかった共通感染症も注目すべき存在と なってきています。
◇世界の現状 1998 年に輸出用のプレーリードッグがペストにより大量死する事故がアメリ カで発生し、続いて 2002 年にも野兎病によるプレーリードッグの死亡事故が発 生しました。このため日本では「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に 関する法律(平成 10 年法律第 114 号)」(以下、「感染症法」という)により、2003 年にプレーリードッグの輸入禁止措置がとられました。
同様に輸入禁止措置とさ れた動物は、ニパウイルス感染症、リッサウイルス感染症及び狂犬病の侵入防止 のためのコウモリ、ラッサ熱対策としてのヤワゲネズミ、SARS 対策としてのハク ビシン、タヌキ、イタチアナグマがあげられます。 イヌなどの哺乳類の動物に広く感受性がある狂犬病は、現在日本では発生して いませんが(輸入感染症例を除く)、アジア・アフリカを中心に未だに世界各国 で年間約 5 万 5 千人もの死者を出しており(WHO 2004 年)、最近ではイヌやネコ 以外にも、アライグマ、スカンク、マングース、コウモリなどの哺乳類が狂犬病 ウイルスの重要な媒介動物であることが報告されています。
また、従来人には感染しないと考えられていた高病原性鳥インフルエンザ (H5N1 亜型)が、2003 年以降アジア、アフリカ、中東、ヨーロッパの家禽、野 鳥に広く蔓延しており、これまで(2003~2006 年)鳥における発生が 53 カ国、 そのうち 9 ケ国において 158 人の死者を出しています。
◇日本の現状 国内では、2002 年と 2006 年に島根県と兵庫県の鳥類展示施設でオウム病が発 生し、従業員や一般来園者に感染する事例となりました。一時期日本には存在し ないと考えられていたQ熱は、ネコからの感染など、毎年 10 例前後の患者数が 報告されるようになっています。
また北海道の風土病ともいわれたエキノコック ス症は、毎年 20 例前後の患者が報告されています。 狂犬病については、1957 年以降、日本においてイヌ・人とも発生していません が(海外渡航者による輸入感染症例は 3 例発生)、海外における発生状況等を踏 まえ、引き続き狂犬病予防法に基づき犬の登録による全数把握と、毎年の予防接 種が確実に行われる必要があります。しかし、国内のイヌの狂犬病予防接種率は 40%台まで低下していると見られており、動物取扱業者、一般飼養者等の危機意 識の低下が懸念されています。(WHO の報告書によると、狂犬病の流行を抑制する には 70%の接種率が必要とされています。)
人と愛玩動物の距離が近くなっている現状では、動物愛護管理法に基づく動物 の所有者等の責務に関する普及啓発及び動物取扱業者に義務付けられている事 前説明等において、共通感染症の正確な知識等の普及の必要性が更に高まってい
るといえます。 また、水際対策の観点では、日本には年間約 83 万頭の哺乳類、鳥類、爬虫類 が海外から輸入されていますが(2006 年 財務省貿易統計)、海外で発生している 共通感染症の侵入を防止するため、輸入届出制度が導入され、哺乳類、鳥類等に ついては輸入時の届出と、輸出国政府による輸出国衛生証明書の提出が義務付け られました。
また、狂犬病の感染の恐れがあるイヌ、ネコ、アライグマ、キツネ、 スカンクについては、狂犬病予防法に基づく輸入検疫が行われています。
2 人と動物の共通感染症
2.1 人と動物の共通感染症の現状
◇日本の代表的なペット 国内で飼われているイヌは約 1,210 万頭、ネコは約 1,250 万頭と推定されてい ます(2006 年 ペットフード工業会)。イヌ・ネコ以外の哺乳類では、ハムスター、 リス、ウサギ、フェレットの順に多く、鳥類ではインコ、ブンチョウ、ニワトリ・ ウズラが多く飼育されています。爬虫類ではカメが最も多く飼育されています。
◇人とペット動物の共通感染症の現状とその社会的背景 近年のペットブームに伴い、ペットからうつる病気(共通感染症)についての 関心が高まっています。一部の共通感染症については、人の患者数が増加傾向に あると報告されており(各論-パスツレラ症の項参照)、その他の共通感染症に ついても注意が必要です。人とペット動物の共通感染症についての関心の高まり には、以下のような社会的背景があると考えられます。
① ペットとして飼育される動物の数と種類の増加
② 室内飼育の増加
③ 濃厚接触の増加
④ 交通機関の発達によるペット動物の移動
今や日本の世帯の約 60%が核家族世帯であり、約 30%が単独世帯(一人暮ら し世帯)となっており(平成 17 年度国勢調査)、コンパニオンアニマル、家庭動 物としてのペットの需要が大きくなっています。これらのペットの多くが室内で 飼育され、気密化された室内で人と密接に接触する機会が増えています。また、 飼養する動物の種類が増え、爬虫類などの野生由来の動物(エキゾチックアニマ ル)を飼養する人も増えています。さらに交通の発達により世界中から動物が短 時間で日本に輸入され、インターネットの普及も相まって、一般飼養者が様々な 種類の動物を簡単に飼養できる状況になっています。
2.2 人と動物の共通感染症の種類と感染経路
◇人と動物の共通感染症の種類
日本のペット等家庭動物に関わりのある共通感染症は、約 60 種程度あると考 えられています。このうち国内で発生のみられる主な共通感染症 17 種と、国内 の動物で発生がみられるものの、人への感染例のない共通感染症 1 種(高病原 性鳥インフルエンザ)、国内での発生を警戒すべき共通感染症 1 種(狂犬病)の 計 19 種の共通感染症を表1に整理しました。
このうちエキノコックス症、狂犬病、Q熱、レプトスピラ症、オウム病、高 病原性鳥インフルエンザは、人に対して「危険性が高い」共通感染症です。そ の他の大半は、人とペット等家庭動物の間に一般に存在する共通感染症ですが、 国内の患者数が人も動物もともに把握されていない「要注意」の共通感染症で す。 動物にとって「危険性が高い」共通感染症は、狂犬病、レプトスピラ症、イ ヌブルセラ症、犬糸状虫症、高病原性鳥インフルエンザです。
表1に示した共通感染症の他、近年海外で発生している共通感染症について、 特に危険性の高いものを表2に参考として示します。
◇人と動物の共通感染症の感染経路 感染症がうつることを伝播といい、伝播の経路は大きく直接伝播と間接伝播 に分けられます(表 3、図1)。 直接伝播は動物の体表や粘膜から、接触や咬傷、ひっかき傷によって病原体 が人または動物に直接侵入する経路です。 接触により感染する共通感染症には皮膚糸状菌症などがあります。人と動物 ともに、感染した他の動物との直接接触により感染します。 咬傷で感染する共通感染症にはパスツレラ症などがあります。動物はどんな に慣れていても、咬むことで自己防衛をしたり、縄張りを主張したりします。 咬み傷自体は感染症ではありませんが、傷口から病原体が侵入すると、感染が 成立することがあります ひっかき傷からうつる共通感染症に猫ひっかき病があります。動物と遊んで いるときにはひっかかれることがよくあり、傷口から病原体が侵入すると、感 染が成立し発症することがあります。 直接伝播には上記の他に、糞口感染という感染経路があります。動物を触っ たとき、病原体を含む動物の排泄物などが手に付着し、無意識にその手や指を 口に持っていって感染する経路です。人が共通感染症に感染するケースとして 最も多く、この経路によって感染する共通感染症が数多くあります。 間接伝播は動物の体を離れた病原体が、人または動物の体に侵入するまでの 過程でベクターを媒介する経路と、食品を媒介する経路、環境を媒介して感染 する経路の3つに大別できます。 「ベクター」とは、ノミや蚊、ダニ、シラミなど、吸血などによって動物か
ら動物、動物から人へ病原体を運ぶ節足動物などをいい、ベクターが媒介する 共通感染症には猫ひっかき病や犬糸状虫症などがあります。 食品が媒介する共通感染症にはエルシニア症やサルモネラ症などがあり、病 原菌の多くが食中毒菌に指定されています。病原体によって汚染された肉類を よく加熱しないで食べたり(餌として与えたり)、動物を触った後、手洗いをし ないで調理したときに食品を汚染して感染する経路です。 環境が媒介する共通感染症にはレプトスピラ症やオウム病などがあります。 動物が尿や糞便として排出する病原体が環境(土壌、水)を汚染し、汚染した 土壌や水に接触して病原体が経皮感染したり、病原体を含む糞便などが粉塵と なって空気感染する経路です。 このほか動物の場合には、中間宿主(ネズミなど)を捕食することにより感 染する経路があり、エキノコックス症がその代表的なものです。
4 人と動物の共通感染症の予防
4.1 動物への感染予防 動物への感染を予防するためには、「感染源対策」と、「感染経路対策」、「病気 をうつされる側にある動物に対する対策」の3つがあげられます。 ◇感染源対策 動物の感染源として以下のようなものがあげられます。
① 病原体に汚染された飼養施設
② 感染動物の糞便
③ 病原体に汚染された餌・水
④ 共通感染症に感染した他の動物(人も含む)
飼養施設の不衛生は、ノミ、ダニ、ネズミなど、共通感染症を媒介する動物 (ベクター)の発生を促し、ペット動物の健康を脅かし、飼養者本人の他、従 業員や店を訪れる客、周辺住民、家族の健康にも悪影響を及ぼしかねません。
日々適切な清掃を行って動物の飼養環境を清潔に保つとともに、病原体による 汚染が疑われるときは、獣医師と相談し、適切な消毒を行わなければなりませ ん(5 手指、器具、ケージ、環境等の消毒方法参照)。 感染動物の糞便は飼養施設の不衛生化の他、糞食による直接感染や、粉塵の 飛散(エアロゾル化)による飼養施設全体の汚染につながります。掃除を頻繁 にし、排泄物はすみやかに適切に処理しなければなりません。 病原体に汚染された水と餌による感染を防ぐためには、新鮮なものを与え、 肉類は充分加熱する必要があります。 感染の疑いのある動物については、他の動物の感染源とならないよう、獣医 師の診断のもと、適切に隔離し、治療しなければなりません。動物が感染源と ならないよう清潔な飼養管理を心掛けることが必要です。 ◇感染経路対策 動物への直接伝播(図1参照)としては、感染動物との接触、けんか(咬傷) などが考えられます。放し飼いにせず、出来る限り他の動物との接触を控えさ せることが重要です。特に野生動物との接触は断たなければなりません。野生 動物の感染症や保有している微生物に関しては、不明な点が多く、どのような 感染症の原因となる可能性があるのかも明らかでないからです。 動物への間接伝播としては、ネズミなどの中間宿主の捕食、病源体等に汚染 した餌・水の摂取、ノミや蚊などのベクターによる媒介が考えられます。これ
らの感染経路対策の多くが、動物の飼養者による「飼い方・しつけ」に依存す ると考えられます。飼養者は、日頃から動物に対して以下のような基本的な「飼 い方・しつけ」を行うなどの注意が必要です。
① ネズミなど(中間宿主)を捕食させない。
② 常に新鮮な水を与える。野外の生水を飲ませない。排泄物は速やかに 処理する。
③ 生ゴミ置き場に動物を入れさせない。なま物(非加熱の肉など)を与 えない。
④ 衛生昆虫の侵入を防ぐ。衛生昆虫等を駆除する。
⑤ 他の動物との咬傷事故を防止する。 飼養施設にノミなどのベクターの生息が確認されるようであれば、殺虫等の 処理を適切に行う必要があります。
◇動物に対する対策 動物に対する対策としては、動物の健康を維持することと、ワクチン等によ り、疾病予防を行うことです。 動物の健康を維持するためには、清潔な飼養環境、適度な食事と運動など、 飼養者が適正な飼育を心がけ、病原体による感染を防ぐための体力を養ってあ げなければなりません。体力(免疫力)が低下した不健康な状態では、通常無 害な微生物による疾病を引き起こしたり(日和見感染といいます)、共通感染症 の感染の確率も高まります。また、異常の早期発見による診療、治療、隔離等 も必要です。 イヌについては狂犬病とレプトスピラ症のワクチンがあり、これらの共通感 染症の予防に効果的です。その他のイヌ・ネコ用のワクチンは共通感染症との 関わりはありませんが、ワクチンによって発病を抑え、健康状態を維持するこ とにより、共通感染症の感染リスクを軽減することにつながります。
4.2 人への感染予防 人への感染を予防するためには、「感染源となる動物対策」と、「感染経路対策」、 「病気をうつされる側にある人に対する対策」の3つがあげられます。
◇感染源対策 衛生的な飼養管理が最も有効な感染源対策となります。動物の感染源対策に 準じます。 異常がみられる動物については、獣医師の診断のもと、適切な隔離と治療を 行わなければなりません。病気は早期発見と早期治療を心がけることが重要で、 必要により隔離等が行われます。動物が保有している共通感染症の病原体を、 人に感染する前に排除し、動物を健康な状態に戻すことが必要です。
◇感染経路対策 直接伝播に対する対策として、ペットとの過剰なふれあいを控えることが感 染リスクを減らすのに最も有効な手段となります。イヌ、ネコは、パスツレラ 菌、サルモネラ菌などを保菌しています。そのため以下のような対策が重要と なります。
① ペットとキスをしない。
② 口移しでエサを与えない。箸わたしで物を与えない。
③ 一緒に寝ない。
④ ペットの爪を切っておく。
⑤ ペットと触れ合ったあとはすぐに手を洗う。
間接伝播のうち、糞便などの排泄物は感染源となりやすく、掃除を頻繁に行 い、排泄物はすみやかに適切に処理します。動物を飼育している施設や部屋で は、動物の排泄物や皮膚片(フケ)や羽が埃となって室内に浮遊している可能 性があり、丁寧な掃除と十分な換気を行うことが必要です。また状況により消 毒も必要となります。カメなどの飼育水を台所に廃棄したり、容器の掃除を行 うことは食品を汚染する可能性が高いため避けなければなりません。 動物を取り扱い、飼育施設等を掃除する際に、必要に応じてマスク、ゴム手 袋等を着用します。
◇人に対する対策 動物種ごとの生理、生態、習性等をよく理解し、咬傷事故等を未然に防ぐこ とが重要です。咬まれたり、ひっかかれた場合には、その部分を十分洗浄し、 消毒することが必要です。 健康な人でも風邪などで体調を崩したり、疲労によって免疫力が低下すると、 共通感染症に感染する可能性が高くなります。通常感染しない微生物による日 和見感染が起こることもあり、体調がすぐれない時などは、動物との接触を避 けることが重要です。 疥癬、皮膚糸状菌症、結核などは人とイヌ・ネコ間の再帰性感染症(人から 動物に感染したものが人へ戻ってくる病気)となる可能性があります。室内飼 育のように、人とペット動物が密閉された空間を共有している場合には、動物 からうつる感染症のみならず、人から動物へうつる感染症の存在についても認 識しなければなりません。 ペットとの過剰な接触が共通感染症増加の要因の一つと考えられています。 動物との距離が近いほど感染のリスクは大きくなります。感染を予防するとい う観点から、以下のようなペットとの節度ある関係を保つことが重要です。
① ペットと食器を共有しない。
② 食物の口移しなど過剰なふれあいをひかえる。
③ ペットを寝床に入れない。
④ 排泄部を処理したときは手をよく洗い、必要に応じて消毒すること。
人と動物の双方において、共通感染症を予防するには、飼養者が共通感染症 について的確な情報を習得することが重要です。人と動物の共通感染症に感染 する原因がどこにあるのか、どのように予防できるのかを知り、確実に実行す ることが必要です。 動物愛護管理法(7 関係法令参照)においても、動物取扱業に携わる者は、 人と動物の共通感染症についての正確な知識を身に付け、一般飼養者へ的確に 共通感染症についての情報を伝えることが求められています。一方、一般飼養 者に対しても、同様に正確な知識を身に付け、自らの感染のみならず、家族や 近隣住民への感染を予防するための努力が求められています。
5 手指、器具、ケージ、環境等の消毒方法 ◇消毒とは 病原体を除去するための基本は、「滅菌」、「消毒」、「洗浄」という言葉の意味を正 しく理解することが重要です。 「滅菌」とは、全ての微生物を物理的、化学的方法を用いて殺滅するか、完全に除 去し無菌状態にすることです。「消毒」とは、有害な微生物の感染性を物理的、化学 的方法を用いて無くすか、病原体量を少なくすることで、微生物をゼロにすることで はありません。また、「洗浄」とは対象物から目に見える範囲で異物(汚物、有機物 など)を除去することです。十分な洗浄と、十分な乾燥は消毒効果を更に高めます。 なお、それぞれの消毒薬の特徴等をよく理解し、使用方法に従い、使用することが必 要です。 ◇飼養施設の一般的な消毒方法 物理的な消毒方法には焼却と煮沸があります。焼却は最も確実で、全ての病原体を 死滅させることができます。焼却についで効果が高いのが煮沸で、抵抗力の弱い病原 体であれば、日光消毒や乾燥消毒も有効です。 以下に代表的な化学的消毒方法 9 種について、その効果と適切な使用濃度、注意点 等について整理しました。 ●界面活性剤系 界面活性剤のなかには、家庭で使用する石けんのように「陰イオン界面活性剤」 に分類されるものがあり、殺菌力は弱いが優れた洗浄力を持っています。同じ界面 活性剤でも消毒薬として使用される「陽イオン界面活性剤」や「両性界面活性剤」 は刺激が少なく、生体に対する毒性も低いので、手指消毒や簡単な器具の消毒に使 用されています。
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